Blismile

ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

生きている手、死んでいる手

「生きている手、死んでいる手」


バレエをしているとそんな表現に触れることがあります。

昔から耳にしてきたので、余り深く考えることなくそれをただフィーリングワードとして捉えてきましたが、最近、それが意識的であれ無意識的であれ、その時大きく動いている訳ではない関節へ行き渡るものの違いなのではないかと感じています。

 

バレエのアームスは、例えば肘も敢えて固定しているかのように見える面があると思いますが、型としてはきっちりポジションに収まっているけれど、どこか「生きていない」と感じるポール・ド・ブラなどを映像や舞台で見ると、文字通りの「固定」あるいは「型」であって、「生きている手」と感じるのは、次の瞬間に如何様にでも動ける、機能し続けていて、同時にその運動空間を確かに予感しているアームスなのではないかと。

上手く言葉にできなませんが(^^;)

 

バレエの子どもたちは比較的に肘の感覚はある方だと思いますが、それでもバレエのポール・ド・ブラから外れた軌道になったとたんに体幹との繋がりが途切れたり、それがどこにあるか、どこを向いているかが感じられなかったりと迷子の肘になってしまうようなこともあったりします。つまり、「決められた通り道」の中でしか充分に感じられていないように見受けられるケースもあるのです。 

 

バレエのアームスや手のてほどきを受ける際、多くは型から出あうかと思いますが、やはり、それ以前に様々な関節の働きを豊かに感じ、そして育む時間が持てたなら、それぞれの中でのバレエのアームスの成り立ち方も、ずいぶんと違ってくるのではないだろうかと、子どもたちの手や肘の感覚の成長を感じながら思ったりもするのです。

 

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