不確かな「私」

「私」が感じている身体や動きと
行っていることの間にズレがあったら
望む結果は生まれてくるでしょうか?


自身を「見る」ということは
もしかしたら時に
苦々しさのようなものを伴うことも
あるかもしれません。


けれど、そこに立ち止まらず
今は不確かでも、
癖になった動きを抑制する
神経のネットワークが育まれ
そこから徐々に新しい動きが生まれていく

一つひとつの過程を
丁寧に、正直に行なっていく。


そして、たえず見つづけることの中で
「私」という確かさもまた
少しずつ育まれていくのではないでしょうか。

ハイハイの中で気付いたようなことも

寝返りの中でまだ再学習の余地があることを示していたりもするのです。

赤ちゃんが歩く前に這うことを学び、這う以前に寝返りを成熟させていたように。

Blismile

ダンスをもっと美しく、 もっとナチュラルに。 主にバレエや各種ダンスをなさる方を対象に、 ナチュラリゼーションをお伝えしている 「ブリスマイル」の公式ブログです。